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大久野島
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それから午後になって、また外に出た。今度は、島の裏手にまわって、毒ガス工場や発電所の跡を見に行くことにした。島は4?Hほどの大きさなので、アップダウンはあるけれど歩きで十分まわれる距離で、歩いていると、宿泊客がレンタサイクルで追い抜いていったりもする。そのうち防空ごうや砲台跡が見えてきた。散歩コースになっているくらいだから、今はもう安全なのだろうけれど、島の北部では通常濃度の450倍以上のヒ素が検出されたらしい。そのようなこともあって、過去の毒ガス関連施設が今も手付かずのまま残っている。ところどころで、むき出しのコンクリートの建物群が緑の中に見えかくれしているのも見た。さっき、温泉から出て、館内で涼をとりながら、お土産コーナーを見ていて、大久野島の悲劇を物語る絵本が置かれていたのをすぐに思い出した。毒ガス工場で働いていた若者やその幼い兄弟の苦しみが描かれている、恐い本。こんなこと、あってはいけないと痛感する本で、この島で読むと余計に生々しくしんどいけれど、伝わる本だった。その物語を頭の中で思い出しながら、建物を見てしまう。しばらくすると、最大の建物が見えてきた。はじめ、ツタに覆われたそれに気付かなかったのだけれど、同じように見に来たひとの自転車が停まっていて、その奥に旧発電所がそびえ立っていることに気付いた。ロープで危険区域であることが表示されていたけれど、好奇心に逆らえず他の場所から中を覗いてみると、中はがらんとしていて、当時の面影を残しているものの、ぼろぼろでそこら中にガラスの破片や窓枠が置き去りに去れていた。その圧倒的な目の前の景色に、息を飲んだ。ぞくっとするものがあった。ヒ素の危険もあるので、すぐにそばを離れたけれど、あの光景はなかなか忘れられない。さっきの温泉、ウサギとの時間とのギャップに、くらくらした。なんて島だろう。みんながわいわい過ごす、すぐ裏手に今もこんな生々しく戦争の跡が残っている。正反対のものが、ものすごいバランスで存在している。二人の間でも、『すごかったね。』『恐かった。』という言葉だけが行き交った。それは、あの遺物が、単なる廃虚ではなく恐ろしい過去の事実も伝えているからだ。単に廃虚としてみるだけなら、むしろ魅力的で美しいくらいかもしれない。けれど、背景の持つ重さに思考がストップしてしまうのだ。複雑だった。帰りにわらわらと外に出てきたウサギ達にまた会えたことが、なんだか救いになった。生き物が逞しく動いているのをみて、ほっとした。そして、どうかこのウサギ達が元気にすごしてくれればと思いながら、ウサギ達と別れ、島を跡にした。
帰ったその後も、過酷な島、というのが大久野島の印象だ。生まれ変わった島では、簡単に楽しんで、遊んでかえることもできるけれど、それだけじゃない。もし、あれらの遺構が今も残っている意味があるのだとしたら、平和を考えるきっかけにするほか、ない。忘れたい事実をもってしてでも、前向きな未来のために、存在し続けて大くの人を迎えてほしいと思う。あの島の裏側で、つらさや恐さを見て知って、自分や大切な人がその犠牲だったらと考えてみる。きっと、本気で世界を変えたくなると思う。今はもう戦争が終わったからいい、考えなくていいというわけじゃない。平和は守る気持ちがないとだめで、世界中からこの悲惨さをなくさなきゃいけない、と祈り続けて叫び続けなければならないことを、小さなひとつの島に教えてもらった気がするのだ。切り取った島の姿見る度、重要な旅だったと、平和を願う気持ちと供に思い出す。




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