Interview

音楽家・里花に聴く「唄うこと、音楽と共に在ること」【後編】

2019年、令和元年の秋に3枚目のアルバム「Letter」をリリースした、音楽家・里花さん。新作「Letter」の発売記念の区切りに、普段、唄の旅とライブ以外でメディア等に出ることがない里花さんに、改めて「唄うこと、音楽と共に在ること」について聴いてみました。後編では、ハレの場であるライブのこと、ライブを支えてくれる相棒の2本のギターの話、新作「Letter」を紡いでいった日々の心模様、唄が持ついのちのことを語っていただきました。
text : Rie Aoyama(drop around)

唄うこと、音楽と共に在ること 【後編】

2019年、令和元年の秋に音楽家・里花さんの3枚目のアルバム「Letter」がリリースされました。
「Letter」発売によせて、唄の旅とライブ以外でメディア等に出ることがない里花さんに、改めて「唄うこと、音楽と共に在ること」について聴いてみようという試みで、ひとつひとつ言葉のやり取りを重ねてきた対話集に、たくさんの反響をいただきました。
また、このインタビューの後半を纏めている間にも、里花さんの唄の旅は続き「唄い、届ける」時間と機会が重なることで見えてくる景色、深まる気持ちもあったそうです。
里花というひとりの音楽家からの「Letter」がさらに多くの人に届きますようにと願って、インタビュウ後編はじめます。

drop(以下d):前編のインタビュウでは、唄いはじめたきっかけ、音楽がどんな風に生まれてくるのか、新作「Letter」に至るまでの2作について伺いました。
dropではオンラインストアでも10月から早速販売させていただいておりますが、発売からずーっと注文が続いています!
毎日どんどん在庫が減っていくものだから、慌てて追加注文をかけたり笑。新作と旧作を併せて聴こうと、求めてくださる方も多いんです。制作スタッフチームとしても目の前から羽ばたいていく実感がありますね。里花さんからライブでのファンの皆さんの「Letter」への反応や感想も伺い、嬉しく思います。

アルバムリリース直後から、台風などの影響もありながらも精力的にライブへのご出演を続けられていますね。
体がそう強いわけではない、とっても華奢な里花さんが、唄のためにギターを背負って旅する姿を想像するだけで、ハラハラしつつも逞しさも感じます。好きだから続けられる、そしてご縁があって唄の旅が続いてきているのだろうな、と。
ライブってハレとケでいうと、ハレ。祭や儀礼のようなものですよね。ライブの前はどんな心の準備をされるのですか?

唄の旅に出る時は、出来るだけ透明でありたい 

里花:標高の高い森の中に住んでいるわたしにとって、”ライブをする=旅に出かける”ということ。
ギターとトランクとリュックと共に、バスや電車や飛行機に乗って…ある時は、海沿いを走る一両のローカル電車でガタゴト揺れながら、ギターが倒れないようにトランクが転がらないように、ずっとそばに抱えながら移動したなんてこともありました。今となってはみんな愛おしい思い出ですね(そして多分、これからも何度かあるかも。)

その土地に降り立つ度に、風も光も、土の匂いも違う。そこで暮らす人々から漂うエネルギーも。
だから、わたしはいつもそれらと自由にチューニング出来るように、心には何も背負わず抱えず、できるだけ透明でありたいと思っています。同じ唄でも、いつも新しい音が生まれる、一期一会の出会い。
だから、そのちいさな奇跡の粒たちが心地よく時間や空間を泳げるようにできたらいいなって。

と同時に、奥深くにある”確かなもの”にもやわらかに触れています。
自分の名前そのまんまですが、風に運ばれ、風に揺れる”野の花”みたいであれたらと思うのです。

d:お客さんの熱、リスナーとの距離感もいつもとと大きく違うと思いますが、緊張はされますか?

里花:緊張は、たぶんあまりしない方だと思います。
でもそれは表にわかりやすい形で現れていないだけで、きっと体の中にはいろんな変化が起きているんだろうなぁって、感じています。チューニングって気持ち良くもありますが、毎回体ごとエネルギーに染まってゆくような感覚なので、実はとても大きな出来事だと思うんですよね。
だからライブの後は森に帰って、ゆっくりと愛おしみながら”染め”を洗い流し、0に戻ってゆく時間をとても大切にしています。自然たちはそんな時、本当に助けになってくれます。何も要らないのですね、意味も説明も価値も。どんな時間を持ち帰ってきても、わたしがただここに在ることを、在る姿を、ぜんぶまるごと許してくれる。
やっぱり森たちとは命が繋がっているように感じています。

相棒は、その唄にいちばん良い響きを美しくかえしてくれてるギター 

d:ライブでは主に弾き語りをされていますが、唄の相棒であるギターはどんな由来で里花さんの元に来た楽器なのでしょうか?

里花:今、わたしの元には2本の相棒が居ます。
1本は、父のギター。これが実は、弾き語りをはじめたきっかけでもあるのですが…5年ほど前に、実家で年末の大掃除をしていた際に押入れの角っこで、カバーに入ったまま横たわっていたギターを見つけたのです。
聞くところによると、父が初任給で買ったものらしく、当時、社員寮に住んでいた時に隣の部屋から美しい音色が聴こえてきて、「自分も弾けるようになりたい!」と、その隣の部屋のギターの上手な人にお願いをして、一緒に買いに行ってもらったそうです。その当時で”中の上”くらいの(質、価格の)ものだったと言っていました。でも、結局すぐに挫折をしてしまって、以来数十年もほぼ誰にも弾かれることなく眠っていたのでした。

昔のギターはやはり造りが良いのか、幸いなことに弦を張り替えるだけで普通に音が鳴るような状態に戻りました。
ギターを抱えたこともなかったわたしには、構えた気持ちで「よし、始めるぞ!」と言うのではなく、とても自然な形でギターに触れることができたように思います。そして弾くたびにどんどんと音が変わっていって。
ミイラのようにしゃがれてスカスカしていた音に、ゆっくりと音の命が蘇っていきました。今でも、少し古枯れた深い振動は、わたしになんとも言えない安心感をくれます。以来、わたしの成長とともにずっとずっと見守り続けてくれている”おじいちゃん”みたいな存在です。

里花:そして2本目は、Echizen Guitar。すべてオーダメイドの、手作りのギターです。

Echizen Guitarさんとの出会いはおよそ3年前。わたしの住む八ヶ岳の麓に「素敵なギター職人さんがいるんだよ〜。」と、行きつけのお店の店主にぽろりと聞いたのがきっかけでした。
その頃は、おかげさまでライブのお仕事も少しずつ増えてきて、移動が多かったり、野外と屋内などライブ環境も様々だったりして、ちょうどもう1本ギターがあるといいなぁと思っていた頃でした。

相変わらずの人見知りだったり、元々あまり積極的な性格ではないのですが、でもこの時はなんだか突然軽やかになって 何かに動かされるように、気がついたら職人の越前くんに連絡をしていました(!)。
思い出すと、dropさんや玄さん(音楽家・田辺玄さん。レコーディング、マスタリングも1st alubmから依頼)に連絡をした時もこんな感覚だったなぁと、、、。

彼は、まだ若い職人さんなのに、物腰がやわらかで落ち着いていて、ギターのことを良く知らないわたしでもこの人はきっと良いギターをつくる人だ!って感じました。
当時すでに、彼のギターは国内外で知る人ぞ知る存在で、完成まで2年半待ち。
いろんな素敵なギタリストさんがEchizen Guitarをつかっていると後から知って、”わたしのようなほぼ初心者が…”と少し気後れしたのですが、越前くんの人柄と、ギターの素晴らしさに触れ、いつかきっとギターと唄が心地よく響き合えると信じて里花の音楽を育てていこう!と、ギターをつくってもらうことにしたのです。


手作りの美しいギター photo:里花

ギターの部位によって一つ一つの木を選んでいく時間…その木の生まれ育った国のことや、どんな時の旅をしてここまで来たのかなど、木肌に触れ、重さを確かめ、匂いをかぎ、木目の美しさに魅了されながら、越前くんのお話を聞くのは本当に楽しかったです。
2018年の7月、出来上がったギターを手にした時のこともとても良く覚えています。驚くほどしっくりとわたしの体に馴染んで、お互い”はじめまして”のよそよそしさもなく、”やっと出会えたね。”という感覚でした。それから今に至るまで、たくさんの唄の旅を共にしてきました。
すべての楽器がそうなのだと思いますが、このギターもわたしの唄を聴いてくれていて、その唄にいちばん良い響きを美しくかえしてくれてるように感じています。きっと、別の誰かが弾いたら、全く違う音になっているのだろうなって。

今回の『Letter』は、はじめてEchizen Guitarで録音しました。
音からそっとこぼれてゆくこのギターの物語も宿っていればいいなと思っています。

父のギターもEchizen Guitarも、大切な相棒。
こんなにもわたしの唄に寄り添ってくれているのだから、わたしもこれからもっとギターが心地よく唄えるようにして成長できたらいいなぁと思っています。

d:ギターの音色も作品ごとライブごとに育ち、深まって、変わっていくのも楽しみですね。
時間をかけて手にしたEchizen Guitarを弾き、録音した、、、という「Letter」についていよいよお話を聴いていきたいと思います。(本題引っ張りすぎで読んでくれている皆さん、ゴメンナサイ!!)

今の音を記憶しておきたい

d:さて、新作「Letter」は、新しく作っているミニアルバムのデザインを、とdropがお話をいただいた2019初夏の時点では、まだアルバムタイトルは決まってませんでした。
今年6月に里花さんがdropが暮らす洞爺を訪ねてきてくれた際に、温泉街の喫茶店で「Letter」というキーワードがポツリと出たんですよね。オシャレでもなんでもない町の片隅の喫茶店で笑。
里花さんと同じ山梨在住の画家・イラストレーターの今井和世さんのスミレの花の原画を大事に包んで持ってきてくださっていたので、箱から絵を取り出して、じっと3人で絵を眺めて、曲のタイトルやイメージなどを伺いましたね。
当初は、里花さんの中では別のタイトル案が心に浮かんでいて、お話していく中でみんなで言葉の響きや重さの印象を言い合ったり、キーワードを出し合って、ぐっと確信を深めていく感じだったなあ、と。

「Letter」の由来となったのは、4曲めの「空の手紙」ですが、はじめてラフミックスを聴いたときに表題作のような印象を受けました。今回のアルバムの根幹、というような。
制作中は、どんな順序で曲を作り、積み重ねていったのでしょうか。どんな想いでそれぞれの唄を紡いで行きましたか?

里花:今までの流れでいくと、もう少し曲がたまってから ”そろそろアルバムとして結わえてゆこうかなぁ” と、ゆっくり気持ちのギアが変わっていくことが多いのですが、今回はいつもより早い段階でアルバムづくりへと心が歩き出しました。
録音が始まった時も、まるで2つ3つ小さな荷物を抱えて、行き先のわからない旅に出るみたいな感覚で。
でも不思議とね、前作2つと比べると、より無鉄砲なはじまりなのに、アルバムに宿る風景の色使いとか温度とか、ページを閉じた後の残り香みたいなものは、今までの中でいちばんはっきりと見えていたように思います。
例えば、心にはずっと今井さんの絵が映っていたし、『空の手紙』を唄う度に、ギターではなくてピアノの音色が聴こえていたり。

やっぱり唄というのは生きものなので、生まれたての時、成熟してゆく時、時に羽を休めて眠る時もあるかもしれない。そして、瑞瑞しさや鮮やかさが褪せていき、いつしか永遠に時と共にたゆたってゆく…人生の色んな体験と共鳴しながら。だから、唄を”いつ”記憶していくかというのは、音楽家にとって実はたぶん大切なことであり、とても楽しいことでもあると思います。
今回は特に、『空の手紙』や『にんげん』という曲で”今の音を記憶しておきたい”という確信があって…それはきっと唄たちの意思でもあると感じるのですが、この2曲の確かさにそっと支えられながら歩いていったように思います。

d:いつもはライブでもアルバムの中でも、先ほどお話を聴いたギターをつま弾きながら唄うスタイルですが、「空の手紙」にはピアノの音色が入っていること、弾いているのが森ゆにさん、ということも新鮮で、驚きました。ゆにさんとご一緒することになったいきさつを伺えますか?

里花:森ゆにさん(以下、ゆにちゃん)の音楽はずっと好きで、日常の中で良く聴いていました。
先ほども少し書きましたが、『空の手紙』が生まれ、唄う度に、いつも心の中にはピアノの音が流れていました。ピアノの音には、幾千もの光が宿っていて、鍵盤を弾くたびに光が散らばっていくのがとてもよく聴こえるのです。

”天国へと旅立っていった大切な存在”を心に抱きながら、この唄を授かったからでしょうか…
『空の手紙』は、光と共に”在る”ことがすごく自然のように感じていて、
ゆにちゃんのピアノからこぼれる光と響き合えたら…というよりも光に包んでもらえたらどんなに素敵だろうって。

それから、録音をお願いしている田辺玄さんとゆにちゃんがご夫婦ということもあり、玄さんのスタジオ(sutudiocamelhouse)を訪れる度に、一緒にお茶をしながら、たわいのないことから音楽のことなど色んなお話をする機会もいただいてきました。
人間として、女性として、唄い手として、里花のことを知ってくださっているゆにちゃんに、ぜひピアノを弾いてもらいたいと、次第にそんな確信を帯びた気持ちが大きくなっていったように思います。


photo:里花

d:ゆにさんご自身も曲を作り唄う人だからか、唄に寄り添い、温かく包むようなピアノですね。とはいえ、対等なプレイヤー同士。互いを受け入れて、認めあえていないと成立しないコラボレーションなのではと思いました。他の音楽家と共に1つの音を奏でるというのはどんな体験ですか??(友人とはいえ緊張やドキドキってありますか?)

里花:お相手が、素晴らしい弾き手であるゆにちゃんということもあるかと思いますが、なんの迷いも不安もなく、とても安心してとても確信しながらレコーディングをしていたと思います。
ギターを置いて”唄だけで唄う”というのはすごく久しぶりだったのですが、徐々に違いの呼吸が合わさり、音がとけあってゆく感覚…わたし一人では決して生まれない未知の世界への旅は、それはそれは幸せな体験でした。

唄も、光に包まれて、とても温かだったと思います。


photo:里花

3rd alubum「Letter」の歌詞たち

d:そんな風に、里花さんが唄を作っている時からの安心感や、1曲1曲の温かさからでしょうか。今回のアルバムは曲数こそ少ないですが、アルバム全体に静けさと祈りのようなものを感じます。軽やかでありながら、慈愛に満ちた音楽が詰まっている、というような。
「Letter」には和詩を里花さんが書かれたアイルランド民謡のカバー曲「夏の名残のバラ」も収録されていますね。英語歌詞を唄う時は、どんな風に気持ちを乗せているのでしょうか?

里花:外国語は日本語とは違う音のエネルギーを持っていますが、その内側に宿っている物語というか…”こころ”は同じように感じるので、または、そのような曲を自然と選んでいるように思うので、外国語独特の響きの美しさを大切にしつつ、その曲の”こころ”に手を置いて唄っていると思います。

d:完成が近づいてきた時には、ご自身ではどんなアルバムだと感じられましたか?

里花:”祈り”のようなアルバムだと感じました。
強いまっすぐな祈りというよりは、ちいさな花が空を見上げて、そっと微笑むような。

唄はいのちを照らしてくれるもの

d:最後に大きな問いかけになりますが、今現在、里花さんにとって唄うこと、音楽は、どんな存在ですか?

里花:いのちを照らしてくれるもの。だと思います。
思えば唄は、その時その時色んな存在として、いつもわたしのそばに居てくれました。
前編でも書きましたが、自分と社会を繋いでくれたり、空と大地とを結んでくれたり、誰かの美しい笑顔や涙に出会わせてくれたり、そこから自分の存在の確かさを感じ、自分を愛したり許したりすることができたり。

今は、そのすべてを内包しながら、もう少しやわらかな輪郭を持たない光のように感じています。
でも、とてもあたたかで確かなもの。
どんな時もわたしのいのちを信じ、いのちにそっと微笑みかけてくれている、そんな存在だと思います。
自分からこぼれてゆくものだけれど、こうしてお話しながらも、唄に感謝が生まれていきますね。

d:既に新しい唄の旅も始まっていらっしゃいますが、「Letter」を携えた唄の旅は1年の終わりに向かってゆく中で、そして新しい年を越えてから、またどんな風景を描くのでしょうね。楽しみです。
最後に、新作「Letter」を手にし、耳にする聴き手の皆さんへ一言メッセージをお願いします。

里花:今までの作品もそうですが、みなさんの人生の中で、みなさんが里花のアルバムを手に取り、聴いてくださることは本当に奇跡だと思うのです。いつもそれを思うと胸が溢れそうになります。

里花の唄に出会ってくださって、ありがとうございます。
優しい風の便りのように、この『Letter』に宿る唄のいのちがみなさんの元へ運ばれてゆくことを心から願っています。

d:長々とした質問に答えていただき、ありがとうございました!

引き続き、里花さんの唄の旅は続くそうです。是非、その日その時限りの唄を聴きに出掛けてみてください。

▷里花さんのLiveスケジュールはこちら。
▷引き続きdrop aroundのオンラインストアでも新作「Letter」を中心にcd販売をしておりますが、里花さんのライブ会場での直接販売、またはcd取扱店さんで購入いただくことも可能です。
cd取扱店さんのリストはこちらをご覧ください(各店の在庫・入荷状況などは直接販売店さんへお問い合わせください)。

唄うこと、音楽と共に在ること【前編】をもう一度読む。

里花【音楽家】

八ヶ岳の南麓で暮らす。

自然と共にこつこつと暮らしを育てながら
ご縁に導かれるまま 心のうなずくままに唄の旅を続けている。

2015年 1st Album『Grain』、
2017年 2nd Album『Breathe』、
今年2019年には、3rd Album となる『Letter』を完成。

MISIAへ『流れ星』『花』、石川さゆりへ『ほんとうのこと』の楽曲提供を行うなど
あたらしい歩みもはじめている。

http://www.rica-wacca.com/

▷里花cd3作品はdrop aroundのオンラインストアページでも販売しています。